
先週みつけた三猿。
最近通っている土地には城趾跡とかあるっぽくて、それ故か神社多し。
個人宅の敷地や路地裏のちょっとしたポケットにあるお稲荷さんとかの小さな社を含めると結構な数あるっぽど。
趣味のフィールドワークに良いテーマが加わったんだよ。今のところ時間は無いけど。
上記の見猿言わ猿聞か猿は神社の境内にあった。
三猿の上に顔をゆがませた小鬼。それ踏みつける仏系のひとは○○天なんだろうけど彫りが雑でよくわからず。
僕は「八百万」を天津×国津(注:腐的な意味ではなくて)の融和「政策」と考えているのだけれど、その辺を考えるきっかけは神仏習合だったり。
で、三猿は日光東照宮とか有名だけど、少なくとも北関東では割とメジャー?この辺もサンプルを探したいのデス。
ウチのお墓の中で神社に隣接した場所には三猿さんいたし。そいえば、実家の裏庭にお稲荷さんも祀ってあったゎ。
断っておきますが、ワタクシはいずれの宗教にも傾倒してないんだよ。アクマで「互助組織」として飛び抜けちゃったモノを愛でるのが好みなだけで、哲学も信仰もありゃせん。何よりも、廃仏毀釈による顔を削られた石像の群れを見たときの絶望的な「わかり合えない感」はものを作り続けたいと願うアタシのトラウマなんだよ。
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現在、通勤の合間に森田慶一氏の「西洋建築史概説」を読み直している。
この本はぶっちゃけ「図集」の方とあわせて読まないと難しいのだけれど、それでも主観と客観のはざまで語られる西洋建築への愛情が「良い意味で」鬱陶しいデスwww
でもって、ギリシャから近代まで建築と宗教は切っても切れない関係で発展しとるのだけれど、その辺の解説はなかなか面白いかと。
「建築論」や「ウィトルウィウスの建築書」あたりも読み直そうと思ってるので、まだ暫くはモリタアワーが続くんだよ。
もともとは、イスラム建築とギリシャ建築への興味から資料を辿って今にいたるのだけれど、着地点が見えない・・・
どっかで建築史のを学びたいのデス。
そんで、こんなこと書くと今度は「保存に興味がおありで・・・」とか来る奴もいるけど、歴史的なんちゃらの古民家保存とかには1mmも興味はないのデス。むしろ古民家を改変することには興味有り。その建物の芯を残したままのZEB化+耐震化とかは今のご時世の要求じゃん。そっちはやりたい。もちろん古民家の「芯」を如何に定義するかは議論の余地あるけどネ(ニヤニヤ)。
2012-03-15