
前回の「水の女」で掲載した写真を青視物質の欠失の場合の見え方をシュミレーションしました。
根拠は国立遺伝学研究所の【色盲の人にもわかるバリアフリープレゼンテーション法】の中からシュミレーションソフトをダウンロードして作成。
自分および自分に近しい人に視覚に障害をもったひとがいないため結果の検証はしていない。
単純な好奇心から他にもいろいろやってみたが、なかなか衝撃的です。非常に斬新。お試しあれ。
そこで、気づいたのが電車の広告とかってなかなか良く出来てて、色味がなくてもコントラストやエッジの強調などの工夫でちゃんと見えるようにつくってるぽいみたい。ちゃんと知ってるんだね。プロだものね。
北欧のある建築家は設計を業とするものは社会奉仕に寄与しなければならないと言ってる(この人の場合は主に教会での仕事を指している)のだが、建築にかかわらず日常で特に人と人のかかわりの場合は「知って」理解して、「構築」するものだと思う。最近は知識のための知識をせっせと集めてる感じがするけど、いずれ知恵となればいいな。ちょっとずれたけど、例えば何らかの障害をもった人と向き合うのには2つのことが必要で「知る」ことと「度胸」だと思うのね。「知る」は前述のとおり、「度胸」は場数踏めば付き、両方を足して÷(笑い)で結構いい感じにならない?
「水の女」のあたまで湯船につかったおっちゃんが唄ってたよに、ハダカになっちまえば老若男女ヤクザカタギも関係ないってさ。・・・・・てことは全世界をヌーディストビレッジにすれば争いわな・・・・・・・・・
あー、考えがまとまらん。疲れてるみたいね。
ちょっと早いけど夕食に食べたうな重(極上)を想い出して幸せに寝間ショット。
さんしょ掛け忘れたけどおいしかったわ。マダムに感謝。
2004-12-20