やぶはな

Everybody Needs Somebody to Love.

風 すずしい 洞

なんだかお互い生きていようが死んでいようが今生の別れをいつにするか可能性じゃなくて0か1かってことなのでしょうね。お元気で。
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大気環境学会ってところの学会誌で「通風の良いストリートキャニオンに関する風洞実験」を読んだ。
概要としては、街の中で建物が密集したりなんダリで風速が低下することが温熱環境や空気環境の悪化要因と考えられているのに、風の道を考慮したまちづくりの指針とか無いから風洞実験やってストリートキャニオン(建物にはさまれた道路部分が谷みたいになってる状態)内部の空気の流れと大気汚染物質の濃度を測定してみよー!という研究。
結論としてはストリートキャニオンに直行する風向条件では幹線道路を挟む風上と風下の建物を互い違いに左右一つおきに高低差をつけた場合に、高さが揃ってる場合よりも風速が上がって大気汚染物質の濃度が低下する。そのときの効率の良い建物配置なんかがわかってきたというやつ。
で、いくつかのモデルで実験してるのだけれど、基本的に壁面線をそろえて建物の高低差の種別でやってるのだけれど、現実問題として隣り合った敷地で容積率を変えて制限をするのはリアルじゃない。というか、法的な制度上のことから、また、経済的な面から難しいのかなと思ったわけで、次の段階としてその辺を考慮して敷地に対する容積率は変えないように建物の壁面線を制限して交互にセットバックさせることで建物の高さをコントロールすることは可能なんじゃないかと思うのデス。
セットバクした空地が公共の広場となったりして。
まぁ、一朝一夕にできることじゃないし一部の都市部にしか適用できないかもしれない、更にはIPCCのSRESシナリオでいうところの、経済発展重視+グローバル化の高成長型社会シナリオのモデルが適用できるような場合に限られるかもしれないのだけれどね。
ただ、目の前に「こうすれば環境が良くなります」という手法があるのに簡単に実現できないのがもどかしくもありますデス。
同時に、最近は世の中の意識が少しづつ改善されてきたことを感じるのですが、スクラップ&ビルドによってそれまであった歴史というか、場所の記憶が無かったことにされることがすごく哀しくなってしまったりで、その辺の調整なんかしてたらたぶん人の一生なんてくらいの時間じゃ足りないのだろうなぁとか思ったり。
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そいえば、ゴアちんのノベル賞云々に反応したネット内の保守論客の皆様が様々な反発ネタを提供してたりするのですが、ワタクシも正直排出権取引なんぞは目に見えないモノとお金のやりとりするのがインチキくさくて嫌な感じなんだけど、そもそも温暖化問題の流れは
①温暖化しているのか→
②原因は人為的なものなのか→
③温暖化により悪影響があるのか→
④いかに対応するか、又は削減するか

って段階に分けると理解し易いんじゃないかと。
で、ガジェットおたくのゴアちんの戯れ言はおいといて、世の温暖化否定派のみなさんの多くは「人為的なモノではない」というはなしと「対応策・削減策のうさんくささ(一部の人たちによる利権の囲い込み)」って部分に対して論じているような印象があるのですが。あとは、予測モデルの不確かさを突くこととかかな。
まぁ、その辺は実のところワアクシあまり乗らないというか、まじめに研究してる研究者や利権闘争で楽しそうな政府のひととかに盛り上がってもらうとして、建築や都市的なしくみからどのような対応策というか仕組みをつくれるかという実務的な部分の方に興味があるのだけれどね。それは根本的ななんかを変えていかなきゃならんような予想あったり。
で、また元の話にもどって現状との折り合いをどこで付けるか。
まだまだですな。

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