
@@@
「passes away」
字面が漢字的サムシングで情緒。
【Apple co-founder Steve Jobs passes away 】
aljazeera 2011/10/06
english.aljazeera.net/news/americas/2011/10/2011105235014592637.html
@@@
身体の入力と出力がバランスしないときの違和感って凄くない?
特に出力が大きかった場合の喪失感は、身体が浮くんじゃないかと錯覚したり。
まぁ、シモの話なんだけど。
@@@@
しかも、食べるなんて・・・
【【閲覧注意】熱湯漬け、手足切断、内臓を取り出す残虐な事件が多発】
BIPブログ 2011/10/06
bipblog.com/archives/3587092.html
@@@
この力業は10~15年くらい前によくあったよね。
普通に知らない奴からメールとか電話が来るの。
知人はそれで美味しい思いもしたらしいが、僕はめんどくさいので総スルーしていたけど。
【女子中学生とブルートフォースアタックと日本やばいという話 】
anond.hatelabo.jp/20110926221502
@@@
【PUMPED UP KICKS|DUBSTEP 】
@@@
「全体主義」応用効くわぁw
【正義が人を殺すとき~ 岩田温『逆説の政治哲学』を読む どうして「平等」という正義を唱える共産主義が1億人もの人々を虐殺したのか。】
Japan on the Globe-国際派日本人養成講座 No.716 2011/09/25
archive.mag2.com/0000000699/20110925080000000.html
てゆうか、田舎の義務教育関係の教師ってこんな思想の人が多くなかったっけ?
まぁ、興味無いけど。
@@@
大物の展示、講演、ツアーには全く参加してないけれど、【UIA2011TOKYO】で印象的だったことがいくつかある。
・311の流れもあり、「低炭素社会」より「防災」が主流となっていた。
その中でも国外の専門家は日本国内の建物耐震化について何らかの法的強制力を伴っているから減災や早期復興が可能と仮定して、その辺の実状やら何やらを学び、自国の対策に活かしたいという貪欲さを持ち合わせている人が少なく無い。対して当事者である日本人の方が淡泊な印象さえある。
気になったのは、磯崎新の著書でも読んできたのか、ある外国人建築家(?)が「伊勢神宮=日本人」論を持ち出して災害への適応能力の高さを絶賛しとったのは苦笑。
事実、今の時代にお伊勢参りなんどしたことのある日本人がどれだけいるか、伊勢神宮の建て替えシステムを知ってる日本人がどれだけいるか、神道の考え方さえ知らない日本人の多さとか、数字をあげてその人に説明したら驚くよなぁ~なんて意地の悪い事を考えつつも、「だったらなぜ?」を考えるきっかけになっているんだよ。
・メタボリズムが復活するか?
数年前に、菊竹事務所で当時働いていた人の話を聞く事があり、「メタボリズムは失敗」と言ってた。
何を想いその発言に至ったのか、詳しいところは聞けなかったのだけれど。
アタシみたいな若造の見立てでは、結局のところ建築を代謝させるシステムを稼働させるときの経済性でメリットを見いだせないからじゃないかと。要は思想よりお金。身も蓋も無いが是非に及ばず候。
そして、何より、大義名分無くとも建物が長く使われ、用途や機能の変化に対応した形である意味「代謝」してるのよね日常的に。
ところが、昨今の低炭素社会の流れでストックの有効活用やら建物の長寿命化が命題となった際にとられる手法がメタボリズムと親和性高いんじゃね?ということで再注目。しかも、当時では、技術・材料的に解決出来なかったことが今は可能になってきているものも多く、今こそは50年前に成し得なかった丹下健三の東京計画を越える東京計画「2.0」(『2.0』・・・ププッ、ダサッ!)を頭の良い若い衆集めて作らんといかんのではないでしょうか。そこに老人は不要。
・がっかり感1
丸ビルの7Fホールでやってた都市計画の展示。50~40年前に丹下研とその周りで作ったプロジェクトを分析してみろよ。話はそれからだ。とか言いつつ、ここ一番重要だと思うのだが「その計画を実現させるためになんか動いてるの?」と、問いたい。国際会議に付随する発表の場であり、プレゼンテーションテクニックを競う場では無い。「誰に見られているのか」を考えれば答えは安易。
・がっかり感2
住宅系の展示にて「近隣の環境に配慮して」と多くの人は言うが、プレゼンテーションとして、当該敷地の周囲を表現している人って皆無よね。
古い建築の残る欧州の街区ではファサードの調和のために建築する建物だけではなくて、その建物が含まれる街区1ブロックのファサードを描き、建築許可を得る。
これは、保存や法規だからという話だけではなく、「描いて当たり前」の事であり、建物がそこに建つことで生じるあらゆる負荷を検討し、設計するための必然なんだよ。街を作ることへの責任を負っているんだよ。その辺の感覚を僕等は忘れてはいけない。
来月はヘルシンキにて【SB11】あるけど、今年は行けず。
2011-10-07